彼は欲情をぶつけるように私を押し倒した

 

数年前、とある小説を読んでいて何かひっかかるシーンがあった。

 

詳しくは忘れてしまったが、積年の思いを遂げた男女がさぁこれからセックスだぜ!みたいなシーンだ。相撲で言うと立ち合いだ。

 

場所はどちらかの家のキッチン。そのまま男は手荒くヒロインを押し倒す。相撲で言うと寄り切りだ。

 

例えておいてなんだが相撲はどうでもいい。問題はその描写にあった。

 

「肩にかけられた〇〇さんの手に力が込められ、私は手荒くシンクに押し倒された」

 

 

シンクに押し倒しちゃダメだろ。

 

咄嗟にこう思うのも無理はない。シンクは流し台の事なのでまな板を置いたりする作業スペースも含むのかもしれないが、大多数の人間は水槽状のあの部分を思い浮かべるのではないだろうか。首の角度がエゲつないことになってそうで怖い。

 

この小説、お互いの過去やヒロインのトラウマ、二人の事情などなかなかにシリアスな話だった。しかしもうこの一文で私の頭の中にはとんでもない体勢の男女しか浮かばないのである。気になりすぎてその後読むのを止めてしまったくらいだ。

 

あまりにもスッキリしないので何人かの友人に「こんな小説の描写があってさ……」と話してみたこともある。返ってきたのは爆笑だけだった。やっぱりシンクはおかしい。

 

というか、シンクじゃなくてもおかしいだろとは思わないか。こういうツッコミは野暮だと解っているのにどんどん気になってしまう。

 

大人の女性一人押し倒してもなお余裕あるキッチンがある家となれば、かなり広いマンションだろう。わかる。それにしたって作業スペース広すぎだろう。奥行き何センチあるんだよ。わからない。

 

押し倒せるという事はキッチンに物が無い。間違ってもピンクグレープフルーツの香りの台所用洗剤なんて置いてないのだ。わからない。皿を洗う時はどうするんだ。綾波レイみたいな食生活の男なのだろうか。ムキムキ設定だったのに。

 

このような「ちょっと待って?」と思ったら終わりのようなラブシーン、媒体を問わずよく出くわす。そんな作品ばっかり読んでんのかよ、とお思いになられただろうか。大正解だ。そんな作品ばっかり読んでいる。

 

とてもハラハラドキドキするような展開でようやく前戯が始まったかと思ったら場所が断崖絶壁だったり、読んでいるこっちはロングヘアのささやかな乳なのに唐突にヒロインのショートカットロリ巨乳設定が前面に押し出されてきたり。何にせよ書き手作り手の真剣さやこだわりを感じるのも事実と言えよう。

 

しかし、こちらとしては真剣に読み込んでいるのでふとした瞬間に状況がわからなくなりポカンとしてしまう。相撲で言うと猫だましだ。

 

もっと大らかに何があっても気にしない包容力でラブシーンを見届けられるようになりたい。フィクションのラブシーンだからこそEverything is OKの精神を身に付けなければならない。肉欲クソ野郎としてまだまだ半人前であることを恥じる。相撲で言うと、自分なんぞ幕下だ。エロ横綱への道は長い。