ヤンデレはセロトニン不足

ヤンデレ、好きだ。このブログの前身ブログ(今はもうない)でもアホみたいな長文で語ったくらいには好きだ。

 

ヤンデレものの二次創作(主に夢小説)を読んでいると「逃げられない」という不安が「愛されたい」という欲求を満たし、更には「諦めと達成感」という相反する感情をカバーしてくれる。いっそ包容力さえ感じるのだから不思議だ。

 

こういうのを”麻痺”と呼ぶのだろうが、私が幸せならオールオッケーである。はやく私を愛してくれ。夢豚のラブミーテンダーという弱々しい声が夜に響く。

 

ただしこちらも夢豚として10年以上のキャリアを積んでいる身。僭越ではあるがそれなりに厳しい目で評価させて頂く。

 

例えば先日、とあるヤンデレ夢小説を読んでいたらキャラが夢主の手首をバッキバキに折って来て申し訳ないが笑った。

 

直後に「こうすればお前は逃げないよな?」というセリフがあったのだが、結末はどうでもいいからどんな体勢で走る女なのかだけ教えて欲しい。夢主はテケテケか何かだったのだろうか。

 

こんな風に、ヤンデレモノには逃げられないようにという名目で足に鎖を繋いだり脚の健を切ったりする展開が少なくない。

 

手足を軽率に落とす以外のヤンデレあるあるとしては、アハハと笑いながらおかしなことを口走る、血の付いた包丁を持つ・舐める、こちらの話を聞かずに一人で長台詞…などが挙げられるか。某ヤンデレ美少女CDの影響力が強いのかもしれない。

 

それにしても手首を折ったり「他の男と話していた罰だ」と言って片腕を落としてくる奴はどこの部族出身なんだ。干し首を腰に下げるのが礼装とかなのか。一本ずつ指を落とすヤクザの方がまだ穏やかである。

 

個人的にはバイオレンスに走らずとも視線ひとつでこちらを拘束してしまうようなヤンデレの方が好きだ。暴力はエッセンスであり前面に押し出すのは好ましくない。

 

クソ上から目線だがあくまで個人の好みである。小指くらいなら詰めるからご容赦頂きたい。

 

私はヤンデレ夢小説が好きだが、3秒に1度「あったまおかしいんじゃね~~~の」と呟きながら読む。その頭のおかしさが心地よい。

 

椎名林檎で言うところの”嘘だって好くて沢山の矛盾が丁度善い”である。事変もヤンデレっぽい歌詞多いよな。

 

背中に嫌な汗が流れる良作ヤンデレ夢小説に出会うと本当に怖くてそのキャラを見られなくなったりするがそれが堪らないのだ。ヤンデレが一つのジャンルとして定義され根付いたことを心から嬉しむ。

 

好きすぎて殺したくなる/病んでしまう/邪魔者を排斥したくなる……つくづく、恋とは凶暴な感情だと思う。

 

私の場合、好きになっても鳩サブレお土産に持たせた~い♡くらいの感情でストップだ。心のババアが強すぎる。心のババアが鳩サブレを鎌倉本店で買い占めている。48枚入りのデカい缶を掲げるババア。

 

ここまで書いて、ヤンデレってセロトニン不足だからああなるのかなと感じ始めた。ババアと一緒に鎌倉へ出向いて鳩サブレを買いに行こう。手首を折ったり脚の健を切るのは鳩サブレを買ってからで、なにとぞなにとぞ。