あのスラム街に続いてる気がする

南関東のとある街で生まれ、仕事に就くまでそこに住み続けた。

 

海が近く、裸でギターを抱いた女神(弁財天とも言う)がショバを統べるE島がシンボルでもある。このあたりの子供達の初めての遠足は大体E島水族館だ。例に漏れず私もそうだった。そして大体初デートもそこだ。

 

都会へのアクセスも良い上に観光地としても人気が高く、とても良い所に産まれたと思う。お洒落な店も多く様々な作品の舞台となっている。おかげで数年前、主婦が選ぶ住みたい街ナンバー1にも輝いた。

 

光栄だ。

 

光栄だし鼻高々だ。

 

しかし、しかしである。それを知った地元の友人たちと私は一様に首を傾げた。

 

確かに良い街だ。おしゃれと言うイメージもあるだろう。ただ、それ以上にダークネスな部分があまりにも多すぎるのだ。ToLOVEる的なダークネスではない。純度100%の闇の方だ。

 

このような”良い所だし誇りだけど地元民からしたらヤバさの巣窟現象”は日本各地、いや世界各地に散りばめられていることだろう。

 

私の出身地もオイオイオイと思うところが沢山あるし、オイオイオイ 死ぬわアイツ ほう 炭酸抜きコーラですか たいしたものですね……と言った具合に地下闘技場が市民会館の地下にある。(グラップラー刃牙は詳しくない)

 

とにもかくにも、なんというか治安の悪さとかヤバい奴が多いとか色々抗議したい所がある。私と友人はそんな地元を、愛と敬意の証として”スラム街”、”何でもあるけど民度はない”、”九龍城の方が平和だった”と呼ぶ。

 

幾らなんでも地元を貶しすぎだろう、と思われる方もいるかもしれない。

 

それでは問うが、地元で見知らぬ男にラップバトルを挑まれたことはあるか?

 

私の友達は二人ほどラップバトルを挑まれている。私は電車でラップをけしかける男を見たことがある。ちなみに奇跡的な事に友人はラップを嗜んでおり(しかも下ネタ満載)バトルに勝利した。この街にはNYのギャングストリートへ繋がる扉でもあるのだろうか。

 

また学生時代東京の大学へ通っていたが下校時、我がスラム街が近づくにつれ確実に電車内に変質者が増える。確実に、だ。

 

手作りのくじ引きを引けと迫る男(アタリだろうがハズレだろうが地獄なので逃げた)。

 

有名な人だが、大きく『処女』と書かれた服を着た坊主頭のおばさん。

 

数年に一度起きる発砲事件。住民は慣れているので動じない。

 

(地名) 事件 で検索すると一番上に表示される「悪魔祓いバラバラ殺人事件」の文字。

 

小中高校生が沢山通る駅前にデカデカと看板を出す人妻サロンと女子高生キャバクラ。宿場町時代からの色町としての残滓を感じる。

 

今思い出したが、女子高生時代に友達と学校帰りにプリクラを取ろうといつものゲームセンターを訪れたら閉鎖されていたことがあった。その時はプリ取れないじゃん~おこなんだけど~と文句を言いながら別のゲーセンへ移動した。そして後日、潰れたゲーセンの2階で違法取引が行われていた事を知った。ほのぼのとした心和む事件であろう。

 

こういう実情を知っているので、住みたい街ナンバー1になった時、みんなで「市長は誰に抱かれたのか」論議になった。

 

確実に市長は抱かれていたと思う。事後、紫煙をくゆらせる相手に「約束…守ってくれるよね?」と問いかけ「ああ、わかってるさ」と適当に返されやきもきした思いを胸にシーツを抱き寄せたりしたのだろう。名誉棄損で訴えられそうだ。逆転裁判好きだからきっと勝訴できる。多分。

 

なんというか、バッチリ化粧をキメた姉を見た友人がお前の姉ちゃん綺麗だなとかほざいた時のリアクションだった。いやアイツマジでヤベーぞと訂正せざるを得ないあの感覚。

 

まだまだご紹介したい闇が沢山あるのだが市長と私のバトル(ラップバトルではない)のステージが簡易裁判所から地方裁判所までランクアップしそうなのでこれくらいにしておこう。

 

今はスラム街の隣の市で一人暮らしをしているのだが変な人が全く居なくて驚いた。近いとは言え、スラムタウンの住人ではなくなった私は今日もカントリーロードを大声で歌うのだ。