藁半紙ドライバー

 

普通自動車免許を取得して1年と2か月経った。その間、運転したのは10分のみである。

 

そもそも学生で時間があるうちに取っておこうと思っただけで特別、車が必要な生活ではなかったのだ。基本的に自転車と電車でどこにでも行ける環境なのだから。わざわざ時間と金を贄にして暗黒絶対殺ライセンス(ルビはマーダーライセンス)を取得する意味とは……と思った。

 

とは言っても就活の時に免許くらいは持っておいた方が良いだろうし、教習所は実家から1分の所にあったし、お金は親が出してくれるという。そんじゃあいっちょ取ってみますか!と21歳の私は教習所に殴り込んだ。低姿勢で。

 

それまで道路は左側通行ということすら知らなかった私にとって座学はそれなりに楽しかった。暗記もそこそこに得意なので座学は速攻で終わらせた。問題は仮免までの実技である。

 

第2回目の実技で感じが悪く態度が大きい教官にあたってしまったのだ。略して悪大官とする。顔も悪代官っぽかったしな。

 

その悪大官、とにかく高圧的で自分のミスを認めない。果ては残り20Mもない直線コースで40km出せとのたまうのだ。ちなみに40km出してフェンスを突き破った場合、私の実家の私有地に突っ込む事になる。当たり前だが指示には従わなかった。そうしたらハゲそうなほど怒られたのでNGリストに突っ込んで一か月ほど教習に行かなかった。若干ハゲた気がするので責任を取って欲しい。

 

少し拗ねた所でまた教習所通いを再開した訳だが、やはり仮免の試験は緊張した。

 

今だから言えるが、実は一発不合格物のミスをやらかしかけた。……が、助手席の教官が資料を見ていたタイミングだったので誤魔化せたのである。

 

一応未遂だったのと、教官も教官でコースを間違えたことを誤魔化していたので闇の取引は成立した。スラム街ならではのほのぼのとした光景だ。

 

その後晴れて路上教習にステップアップ。個人的にはこちらの方が楽しかった。高速教習は希望者のみやシミュレーターで済ます所もあるという。そこでは必修だった。

 

その高速教習中、パラグライダーが前方上空を旋回していて運転者、教官、乗り合わせた別の運転者全員が気を取られそうになる場面もあったがパラグライダーが居たら見たくなるだろ、普通。事故を誘う罠としか思えない。スラム街ならではの心温まる策謀だ。

 

そして最後の卒業試験も”緊張のあまりエンジンをかけずにアクセルを踏み続ける”という痴態を晒しながらなんとか合格。本免も受かった。

 

私はダラダラと通い続けたので10か月の期間ギリギリとなってしまった。合宿に赴き2週間で取得するとかキツそうだなぁと思う。山王高校バスケ部の合宿ぐらいキツいのではなかろうか。合宿免許を持ってる人は全員一ノ倉聡だったのだ。

 

こうして振り返ると、あの10か月という期間も中々に思い出深い。

 

律儀に時速30kmを守り後ろの車から煽られまくっても「あそこのゴールデンレトリバー可愛いっすね」「ふさふさだね」と平然とシカトしたあの道。

 

ノリが合い、毎度アメリカンコメディのような会話をしていた教官。

(毎回以下のような感じだった。)

「先週の雪すごかったですね。教習所もお休みでしたよねさすがに」

「なぁに言ってんの。バリバリやったよ」

「えっ!?あの雪の中教習を!?」

「雪かきを」

「「ダーッハッハッハ!」」

 

座学の授業中に寒くてくしゃみを連発していたら講義後にそっとアイカツ!のポケットティッシュ(ピンクの花柄)を渡してくれた見知らぬ男子高校生。

 

そんな思い出、約30万の費用、10か月の期間……それら全てを踏みにじってペーパードライバーになった。本当に申し訳ない。

 

しかし、実物の車で操作する頭文字Dのゲームをプレイした際、カーチェイスゲームだと言うのに終始時速40kmを守ったため係員から笑われた私だ。教えは身に沁みついていると断言できる。

 

教官、私はこれからも藁半紙ドライバーとして無事故無違反に努めます。