長生きしろよジジイババア

 

明日が敬老の日だという事を完全に忘れていたし、金曜日まで普通に月曜出社する気でいた。

 

実家の隣に母方の祖父祖母が住み込みの家政婦と暮らしている。年齢は実ははっきりわからない。祖父が80後半、祖母が80前後くらいだと思う。そしてあっちも恐らく私の年齢を把握していない。【働ける歳】くらいにざっくり捉えていると思われる。

 

父方の祖父は私が生まれる前に亡くなっているし、祖母も小学生のうちに亡くなった。静かで優しい人だった。どちらの祖父祖母も孫の中で私が最年少ということもあり本当に可愛がってくれたし、経済的にも大きな援助をしてくれた。足を向けては寝られない。

 

私は人の祖父祖母、曾祖父祖母の話を聞くのが好きだ。特に曾祖父について。大体みんなインパクトが強くて楽しい。根本的に生きて来た時代が違うのでまるで物語の人物みたいな人が多い気がする。

 

友人の曾祖父は肩から背中にかけて桜吹雪の刺青があり、いわゆる893だったのだが、ベランダから転げ落ちて亡くなったらしい。また、ある友人の祖父は奥様へのプロポーズの際にバク転をしたと言っていた。めっちゃアグレッシブ。

 

そんなジジイエピソードにも負けないくらい、私の曾祖父もキャラが濃い。生前会ったことは無いが母や祖母に話を聞くと「常にフルスロットルかよ」と言いたくなる話がわんさか出てくる。

 

まず第一に、マッチョだった。酪農をしながらアルバイトで江ノ電を引き、日清戦争日露戦争第二次世界大戦に徴兵。全て帰還、102歳で大往生。風呂ときなこと牛が大好きな江戸っ子崩れのべらんめぇ口調。生まれも育ちも東海道宿場町。

 

カラスが畑を荒らせば撃ち落として見せしめに吊るし、軽トラでイノシシを轢き、食用牛の飼育に人生をかけ、見栄っ張りのお洒落好き。400m先の花火会場に家からうるせーぞ!!!!!!!!!!とキレる。だが孫(母)にはとことん甘く、尾行してまで遠足についていった。

 

服については、母の話によると書生風からハイカラ洋風スタイルまで何でも着たらしい。確かに息子(祖父)も孫の私よりよっぽどお洒落だ。一度、朝8時過ぎに家の前で鉢合わせたので「おしゃれしてどこ行くの?」と聞いたら「散歩だよ」と言われた。

 

グレーのベスト、モスグリーンのサテンシャツ、水玉のスカーフ、グレーのスラックス、革靴。どう考えても散歩にいく服装ではない。

 

一方私はTシャツに短パンにゴム草履というスラム街の少年スタイルだった。60歳以上年上のジジイにすら完全敗北を喫した私は一度家に戻り着替えて出かけた。ちなみに祖母も化粧に1時間くらいかける。私はせいぜい20分だ。

 

曾祖父の話に戻るが一番好きなのが妻(曾祖母)の墓を暴き、骨を持って逃げたエピソードだ。

 

念のために言っておくが曾祖父にそういう性的嗜好があったわけではない。曾祖母が無くなってお骨を納めた寺の住職と折り合いが悪く、因縁の仲だったらしい。とうとう我慢ならなくなり、「金に汚いクソ坊主の所に置いておけるか!」と墓を暴き骨を持ち逃げ、当時建立中だった別の寺に移したという。

 

この話を聞いて、私は祖父に”スラム街のレオナルド・ダヴィンチ”の異名を捧げることに決めた。目的は全然違うけど。

 

暴れん坊の曾祖父に比べ、曾祖母はとても穏やかで包容力のある人だったと母は語る。そんな妻の死後が安らかであるようダヴィンチった曾祖父の行動力が私は好きだ。そして血を感じる。

 

常々、祖父も母も私も血の気が多いというかブッ殺す精神が根幹を成しているよなぁと感じていた。これが我が家の血なのだ。その血の運命~さだめ~なのだ。あと、若干ツンデレの気がある。自分で言うのも痛いが多分確実に。

 

現在はあまり頻繁に実家に帰っていないが、いつでも温かく迎えてくれる両親、祖父、祖母。次に帰るときは何かを買って帰ろう。最後に元祖ツンデレ毒蝮三太夫リスペクトで記事を〆ようと思う。皆さんもご唱和ください。

 

長生きしろよ、ジジイ、ババア!

 

異人さんに連れられて

一人暮らしの玄関は狭い。大体どこもそうだろう。靴箱はその家々によって違うと思うが、うちには8足は入る靴箱がある。買ったものではなく元々付いていた。

 

現在9足の靴を所持しているが、藍色のスニーカーを除いて全て黒だ。

 

具体的に紹介すると、

 

まず黒いハイヒールが2足(就活の時に買った奴と母からのプレゼント)

 

ウェッジソールの黒いサンダルが1足(サンダルを壊す天才なので一夏使い切り)

 

ハイカットスニーカーのようなブーツが1足(真っ黒。パッと見男物)

 

本革のショートブーツが1足(これも母からのプレゼント)

 

黒のファーサンダルが1足(クリスマスに自分用プレゼントで)

 

ローヒールのパンプスが1足(歩けるパンプスと名高い某メーカーの)

 

そして2ウェイタイプのサンダルが1足(安い店で買った。8cmくらいあるウェッジソール)

 

こんな感じだ。上記の通り、私はサンダルを壊す天才なのでサンダルはほぼ一夏限りの付き合いだ。次の夏までは持たない。

 

実はサンダルに限らず、20歳の時、あるアパレルショップでユーズドのブーツを買ったら10日と経たずに壊れてしまった事がある。ユーズドだし返品保証期間内に壊れることもあるかもな、とお店へ出向き違うユーズドの靴と交換してもらった。

 

そうしたら、それもまた壊れた。10日以内で。

 

何も私は毎日2万キロジョギングしているとか積極的に延髄斬りを決めているとかそんな生活をしていた訳ではない。ごく普通の、電車通学の大学生だった。

 

もう一度店に行き壊れた旨を伝えると、スタッフは明らかに疑いを持った目で私を見、返金を渋った。勿論返品返金期間内だ。要は、わざと壊したんじゃないかと疑われてしまったのだ。

 

今ならそれこそ「シャオラッ!!!!!」と雄たけびを上げてそいつに延髄斬りをお見舞いし、Yahoo!ニュースデビューを飾っていたと思う。

 

しかし当時は返品を繰り返す嫌な客として見られたことがショックだった。ので、「交換も返金も諦めるが自分はもうこの店は二度と利用しない」と言ってその場でメンバーズカードをレジに置いて帰った。今でもそのお店は新宿にあるが行っていない。

 

今となってはそんなこともあったな~と思えるが、1万ちょっと払って10日で壊れた靴の交換も返金も受け入れてもらえなかったのだ。地味だがこの恨みは根深い。

 

安い靴がすぐ壊れるとは限らないし、高い靴(少なくともバイト学生には高かった)が長持ちするとも限らない。

 

上で挙げた靴たちの値段は1000円~2万円近いものまでバラバラだが、どれもこれも気に入っている。

 

それにしても改めて書き出すと本当に黒い靴しか持っていない。どうして黒い靴が好きなのだろう。

 

「肌が白く見える」「血が目立たない」「サツが写真や映像からゲソ(履物の隠語)を調べた時に黒の靴は特徴が目立たない」など理由は様々だが、結論はなんとなく好きだからだ。それだけである。”原材料、コーヒー。以上。”のCM並みにそっけない。

 

カラフルな靴も素敵だと思う。しかし私は黒が好きなのだ。黒以外ならパイソンレザーの靴が好きだ。服も黒が多いしアクセサリーも金色のものばかりなのでなんというか、タイの下っ端ヤクザの女みたいになる。

 

考えてみると、黒い靴という存在の、妙に危険な感じが好きなのかもしれない。素敵な靴は素敵な所に連れて行ってくれると言うが、黒い靴は奇妙で不思議な場所に連れて行ってくれる気がする。

 

横浜には【赤い靴】という観光名所周遊バスがある。童謡の赤い靴を由来とした可愛らしい見た目のバスだ。【黒い靴】という名前だとなんかもう囚人収容バスみたいだもんな。そういう所が好きなんだ、多分。

 

9月に入り、今年の夏を共に過ごしてくれたサンダル(壊れかけ)ともお別れが近づいてきた。また新しい黒い靴が欲しい。できれば何度延髄斬りを決めても壊れない丈夫な奴が。

 

悲恋夢に溺れる乙女

悲恋夢、と字面だけは美しいがこの場合の夢は【夢小説】の夢である。

 

基本的に私はハッピーエンドが好きだ。夢小説はほのぼのとしていて幸せな気持ちになれる物を読むことが多い。

 

そして同時に、ハチャメチャに切ない恋の話も大好物なのである。少し例を挙げると、素直になれずすれ違ったまま永遠の別れになる、とかどうやっても報われない片思いとかが好きだ。

 

誰しも心の中に一人は奥華子がいるのである。私のような殺意に塗れたゴリラの胸の奥にも奥華子は居て、キーボードを弾きながら「あなたの目線と私の思いは交わらない平行(パラレル)なリボン」的な歌を歌っている。歌詞は今適当に考えた。

 

私が如何に夢小説を愛し、夢小説と共に成長してきたかを語ると私の寿命が先に尽きるのでひとまず置いておくが、記憶に残る夢小説は大体悲恋だった。

 

10年近く前に1度読んだだけなのに未だに忘れられないような話だって一つや二つではない。それは悲しみが錘になっているからだと感じる。結局、撫でられた幸福は引っかかれた痛みに勝てない。抱いたはずが突き飛ばして包むはずが切り刻んで撫でるつもりが引っ掻いてまた愛求めるってミスチルも歌ってたし。

 

好きなキャラとのハッピーでラブラブ話を読んで温かい気持ちになりたいだけなのに、何故わざわざ悲しい話を読んでしまうのだろうか?

 

それはきっと、(認めたくないが)一生触れることも話す事もできない2次元のキャラ本当に恋をしている気持ちになれるのが悲恋夢だからではないだろうか。

 

あくまで私の場合だが、幸せな話は「よかったねぇ」と若い二人の幸せを祝うババア的立ち位置にいつの間にか収まっている。つまり、どこかで第三者になってしまう。対して第三者のそれとは思えない切なさや胸の痛みを味わえるのが悲恋モノなのだ。どう考えてもこの恋の当事者でしか味わえないような苦しさ。よりリアルに、彼に傷つけられ、彼と悲しみをわかちあっている、恋をしている気持ちになれる。

 

何を言ってるかわからないと言う方は正常だ。

 

「あ~~わかる……」という方はフォレストページと言う菩提樹の下で共に涅槃に入って欲しい。

 

自分から名前変換をして悲しい話を読んでいるのに泣きながらなんで結ばれねぇんだよ!なんで私とこいつは報われねぇんだよ!とカイジのようにボロボロ涙を流した夜も数えきれないほどあった。それでも悲恋夢を求めてしまう。自傷セラピーかよ。

 

まぁ、涙を流すことは笑うよりストレス解消になるというのは有名な話だから、悪い事ではないはずだ。ちなみに大体寝る前に横になった状態で読むので涙は横に垂れる。この時の涙、サイコーにピュアだ。IH予選で湘北に負けた時の藤真健司の涙くらいに澄んでいる。

 

今夜も私は悲恋夢に溺れ、そのまま眠りにつく。死因は溺死ではなく脱水症状だ。二次元の男との悲しい恋物語を読んでアホほど泣き脱水症状で死んだ……という弔辞を半笑いにならずに読んでくれる喪主を募る。

 

 

余談:悲しい夢小説を書きたくて「全人類が切な死する究極の夢小説書いてやっからな」とキーボードを叩き始めたら、いつの間にかヒロインの第一声が「おはヨーグルトブルガリア~!」になっていたことがある……とツイッターに書いた。

 

あれは紛うことなき事実であるし、何度も今度こそと再チャレンジした。が、どうやっても悲しい恋の話が書けない。毎度毎度、いつのまにか相手キャラが褌を探して訪ねてくる話やアザラシ化パロディなどになっている。

 

撫でるつもりが引っ掻くどころか、撫でるつもりがSTF(ステップオーバー・トーホールド・ウィズ・フェイスロック)レベルの不器用さだ。

 


プロレス技~STF

 

おやすみんみんピコピコ

20数年生きて来てオールしたことが1度しかない。高校生の時はまだしも、大学生にもなれば仲間たちは結構な頻度でオールをしていた。

 

私の両親はそういう事に口うるさくはないので、基本的にどこどこへ行くと告げれば朝帰りしても何も言わない。

 

何も告げずに帰られなければ怒られると思うが、「事件に巻き込まれて酷い目にあったらどうするんだ!心配させるな!」ではなく「とうとう人を殺めたのかと思った。国家権力は敵に回すな」というような怒られ方だと思う。今の所犯罪履歴はホワイトなので安心して頂きたい。

 

友達の家でのお泊り会や一晩中カラオケで盛り上がろうぜ!という誘いが無かったわけではない。そういう場には行くが終電で帰る。

 

なぜ私がオールをしないかと言うと、答えは非常にシンプルで”家で寝たいから”だ。

 

もう少し噛み砕くと、Ⅰ夜は寝たい Ⅱお風呂に入ってパジャマに着替えて寝たい Ⅲ真っ暗闇の無音じゃないと眠れない Ⅳ一人で寝たい などに細分化される。

 

夜更かしをしても、朝4時を回ったことはほぼない。3時台でもギリギリだ。318294614連休なら598時くらいまで起きていると思うが、結局次の日以降のコンディションに関わってくるので夜に寝て朝起きたいのだ。

 

お風呂に入ってからじゃないとベッド・布団に入りたくないという習性もある。朝風呂は好きだがその分寝ていたいし、夜帰って風呂に入らずそのままベッドへ!というのは絶対にできない。家族友達恋人がするには何も思わないが自分は絶対にダメだ。僧侶も卒倒するような奸邪の化身である私が身も清めずにベッドに入るなどとんでもない。

 

そんな私は現在、10万円のマットと1万円の枕を使用している。これが最高の寝心地なのだ。仕事から帰りご飯を食べお風呂から上がりベッドに横たわった瞬間、もう最高にテンションが上がる。上がっちゃ駄目なのだが、上がるのだ。うおおおおお寝るぞ!寝るぞオラッ!すっぱだカーニバル!と言うような気分になる。

 

もしかしたらこのマットレスにはハイテンションになる植物の繊維でも含まれているのだろうか。だとしたら10万円なのも頷ける。

 

このように睡眠ライフを楽しんでいる私ではあるが、冒頭に書いた通り一度だけオールをした。テスト勉強とかではない。クラブに行ったのだ。そう、クラブに。それも渋谷の。

 

22時の開店から始発まで居たがスゲェ世界だなの一言であった。

 

全くクラブに馴染めていない私はGメンのような目つきでお忍びに来ると言う若手俳優を探す友達の横でなんとなく曲に乗り酒を飲み続けた。途中、変な男に二の腕を揉まれたり好きな女の子にプレゼントを渡しに来たという二十歳の早大生を励まし続けたりしながら夜は更けていく。

 

最終的にその辺の男に酒を奢らせた挙句全く話にも付き合わず振り切ったり、学園ハンサムの話をしたり、ウジウジし続ける早大生に「ウジウジしてんじゃね~~~!もうあたしが渡しに行く!どの子!???」とキレたり、それなりに楽しくはあった。

 

普段、自分が寝ている間に色んな事が起こっているんだなぁ……と感じた貴重な経験だ。

 

しかしなにぶん、眠い。朝5時の渋谷、しかもまだ3月、外は死ぬほど寒いのに服装のチョイスに迷い生足ワンピースにコートという出で立ちの私は店を出て家に着くまで凍死寸前であった。しかもコートの前を閉めると完全に露出狂のそれである。危うく汚いマッチ売りの少女スタイルで永眠するところだった。

 

楽しくはあったが、やはり寝るなら家に限る。

 

ちなみにタイトルのおやすみんみんピコピコとは関ジャニ∞の丸山君がラジオで言っていた言葉だ。語感が可愛い。平日は毎日ベッドに飛び込んだ後、「おやすみんみんピコピコ!!!!!殺す!!!!!!!!!!!!」と叫んでから寝ている。嘘ではなく本当に。

 

もしかしたらその叫びによって隣人は眠れない夜を過ごしているのかもしれないので、反省して今夜から「おやすみんみんピコピコ……殺す……」と吐息多めの囁きモードにチェンジすることをここに誓う。

 

女の子宮は疼かない

 

ある夜、地方に住む男友達が電話をかけて来た。

 

あまり友達と電話をする方ではないので何事が出来せしやと身構えたのだが、彼はどうしても聞きたい事があると言う。当時、彼は転職活動中だったのでそれに関する事かなと思ったのだが、真剣なトーンで彼はこう切り出した。

 

「女のコってどんな時に子宮が疼くの?」

 

私がまず最初に感じた事は、”気持ち悪っ”でも、”いきなり何”でもなく、

 

”てめぇ今まで女扱いなんて皆無だった癖にこんな時だけ女のコとか言ってくるんじゃねぇ”だった。こいつは20kg近い土釜を私に2階から地下3階まで運ばせた前科がある。

 

彼は童貞ではないのだが片思い中に何もかもわからなくなり、とりあえず女の気持ちを知りたくなったのだと言う。そして白羽の矢が突き刺さったのが私だった。私に突き刺さった矢を引き抜いてそいつの腹にブッ刺してやろうかと思ったがなんとか持ち堪える。

 

女の子はどういう時にときめく?ならまだいい。子宮って。エロ漫画の読み過ぎだよ、とやんわり告げた自分を褒めてあげたい。あと多分私の方がエロ漫画読んでるし。

 

しかし彼は女性は皆子宮が疼くものだと信じて居たらしい。疼いているのは殺意である。

 

毅然とした口調で「女の子宮は疼かない」と言おうとしたが、なんか『ダイヤモンドは砕けない』みたいだなと思ってしまいやめておいた。

 

胸のトキメキを胸キュンと表現して久しいが、そのキュンは子宮にも当てはまるのだろうか。正直よくわからない。私はガチムチマッチョの逞しい男性が好きなので抱かれてぇ~!という男性が居た時、ひょっとして無意識のうちに子宮が疼いていたのかもしれない。

 

汚い絵ヅラだ。というか子宮すら支配下に置けない分の悪さに我ながら辟易する。いつの間に子宮はサイレントモードになっていたのか。

 

最終的に彼には、「子宮が疼くの正解がわからないから答えようがない。あと次会ったら殺す」とだけ告げた。

 

 電話を切った後私は、とりあえずGoogleの検索フォームに【子宮 疼く】と入力した。どこに出しても恥ずかしくないゆとりと思わせる見事なインターネットへの懐疑心の無さである。

 

すると結構な女性が子宮の疼きを経験しているらしい。それPMSだろと毛布をかけたくなるような例もあったが。やはり私の子宮は出勤を拒否しているようだ。だからといって、イイ男がいないんだも~んと頬を膨らませる(その頬は私が叩き割る)女にはなりたくない。毎日想像妊娠してるくらいの方が楽しそうだし。

 

改めて考えると、最近は何をしていても会社での事を思い出し子宮と言うよりは胃がギュンギュンに痛むのでそれも要因だろうか。子宮も上の奴=胃があまりに武者震いを繰り返すのでビビッてしまったのだ。

 

 早く想像妊娠し、産休を取り、涎掛けとおしゃぶり装備のテディベアを抱きながらニコニコと職場復帰したいものだ。

 

名前は未来への希望を込めてデスサイコキルユーサイコパス太郎、だ。私にはデスサイコキルユーサイコパス太郎の成長を岸辺露伴と温かく見守っていく未来が待っているのだ。

 

そのためにも、一刻も早く敏感な子宮を取り戻すためGoogle検索フォームに【子宮 マナーモード 解除】と入力してみたが有益な情報は見つからなかった。全信頼を寄せていたインターネットに裏切られたのでもう明日は会社を休む。

 

ハッピーサマーデスウェディング

現在未婚の身であるが、結婚したい気持ちとしたくない気持ちが半々にある。

 

とにかく私は身軽でいたいのだ。ならまず痩せれば?と言う奴には祖国のグァテマラに帰って綺麗な鳥でも見て暮らしてろと返したい。

 

ここで言う身を重くする荷物とは所持品の多少ではなく、配偶者とか仕事とか固定資産とかそういった類のものである。自らの死期を悟ったら猫のように社会から消え、どことも知らぬ外国の地で身元不明の遺体となりたい。

 

こんなことを言っていても、運命を感じる好きな人が出来たら結婚したいと思えるのかもしれないがまだその気持ちは私にはわからない。

 

実は今日とある男性からデートに誘われていたが用事があるので申し訳ないが行けないと断った。これを逃したらデートに誘われるのなんて来来来世くらいになるかもしれないのにだ。

 

しかし私は今日は『岸辺露伴は動かない』(ジョジョの奇妙な冒険に出てくる岸辺露伴のスピンオフシリーズ)を買うと決めていたのでしょうがない。抹茶スイーツが人気な港町のカフェーに出向く元気もなかった。

 

本当にこんな女ごときが申し訳ないのだが、現実の男と岸辺露伴だったら断然後者のプライオリティの方が高い。

 

こんな無いものねだりのI want youなクソ女でもここ1年くらいは何度か婚活パーティーに行って毎度カップリングに成功しているのだが(無意識のうちにKカップくらいになって更に懐から万札がチラチラ見えて居たのかもしれない)一方的にこちらから次のお誘いを断ってしまう。

 

じゃあなんで婚活に行くんだよと思うだろう。私も思う。

 

カップリングが成立するまでは「とっても感じの良い人だし今度こそ数年ぶりの恋の予感!」と本気で思っているのだ。

 

だと言うのに会場を出て次のデートはいつにするかという話になると心は氷点下まで冷めてしまう。早く帰ってpixivでR-18検索をかけたくてウズウズしている。

 

結局、選ばれたという高揚感を得たいだけかもしれない。もしくは乙女ゲーで目当てのキャラルートが確定した時みたいな感じだろうか。二次元ならその先も気になるがリアルでは特にその先は求めていないのだ。

 

このように、自分への好意を感じ取るとああ~無理っスすいません!となる人は結構いる気がする。友達にも、どえらいモテるが男性からの好意に嫌悪感しか感じない子がいるし。それを私のようなモテもしない女に当てはめると地獄でしかないのだが。

 

一生結婚しねぇかもしれね~~な~~~とほんのちょっぴり悲しくなるが幸いなことに姉は婚約中で血族が途絶えることも無いだろうし、親も私に結婚うんぬんの口出しは全くしない。

 

結局は私の優柔不断が全ての根源であり、結婚したいならしたいで行動!したくないならしない!とキッパリ決めればいいのだが、未だにどっちつかずだ。

 

もうこうなった以上は、岸辺露伴ヘブンズドアーで「岸辺露伴と結婚する」と書き込んで貰う他ない。

 

それくらいの強引なきっかけがないときっと私はこのままだ。岸辺露伴にとっては自傷行為以外の何物でもないが、結婚は双方の犠牲と妥協の上に成り立つものだと思う。私も右腕と左足と弟の肉体を差し出すつもりなのでそれで妥協してほしい。

 

いつになったら両親に「♪一生懸命恋しました(Fuwa Fuwa Fu-!)Thank you」と告げられるのだろうか。

 

それが辞世の句となるかもしれないので今から練習しておこう。

 

あのスラム街に続いてる気がする

南関東のとある街で生まれ、仕事に就くまでそこに住み続けた。

 

海が近く、裸でギターを抱いた女神(弁財天とも言う)がショバを統べるE島がシンボルでもある。このあたりの子供達の初めての遠足は大体E島水族館だ。例に漏れず私もそうだった。そして大体初デートもそこだ。

 

都会へのアクセスも良い上に観光地としても人気が高く、とても良い所に産まれたと思う。お洒落な店も多く様々な作品の舞台となっている。おかげで数年前、主婦が選ぶ住みたい街ナンバー1にも輝いた。

 

光栄だ。

 

光栄だし鼻高々だ。

 

しかし、しかしである。それを知った地元の友人たちと私は一様に首を傾げた。

 

確かに良い街だ。おしゃれと言うイメージもあるだろう。ただ、それ以上にダークネスな部分があまりにも多すぎるのだ。ToLOVEる的なダークネスではない。純度100%の闇の方だ。

 

このような”良い所だし誇りだけど地元民からしたらヤバさの巣窟現象”は日本各地、いや世界各地に散りばめられていることだろう。

 

私の出身地もオイオイオイと思うところが沢山あるし、オイオイオイ 死ぬわアイツ ほう 炭酸抜きコーラですか たいしたものですね……と言った具合に地下闘技場が市民会館の地下にある。(グラップラー刃牙は詳しくない)

 

とにもかくにも、なんというか治安の悪さとかヤバい奴が多いとか色々抗議したい所がある。私と友人はそんな地元を、愛と敬意の証として”スラム街”、”何でもあるけど民度はない”、”九龍城の方が平和だった”と呼ぶ。

 

幾らなんでも地元を貶しすぎだろう、と思われる方もいるかもしれない。

 

それでは問うが、地元で見知らぬ男にラップバトルを挑まれたことはあるか?

 

私の友達は二人ほどラップバトルを挑まれている。私は電車でラップをけしかける男を見たことがある。ちなみに奇跡的な事に友人はラップを嗜んでおり(しかも下ネタ満載)バトルに勝利した。この街にはNYのギャングストリートへ繋がる扉でもあるのだろうか。

 

また学生時代東京の大学へ通っていたが下校時、我がスラム街が近づくにつれ確実に電車内に変質者が増える。確実に、だ。

 

手作りのくじ引きを引けと迫る男(アタリだろうがハズレだろうが地獄なので逃げた)。

 

有名な人だが、大きく『処女』と書かれた服を着た坊主頭のおばさん。

 

数年に一度起きる発砲事件。住民は慣れているので動じない。

 

(地名) 事件 で検索すると一番上に表示される「悪魔祓いバラバラ殺人事件」の文字。

 

小中高校生が沢山通る駅前にデカデカと看板を出す人妻サロンと女子高生キャバクラ。宿場町時代からの色町としての残滓を感じる。

 

今思い出したが、女子高生時代に友達と学校帰りにプリクラを取ろうといつものゲームセンターを訪れたら閉鎖されていたことがあった。その時はプリ取れないじゃん~おこなんだけど~と文句を言いながら別のゲーセンへ移動した。そして後日、潰れたゲーセンの2階で違法取引が行われていた事を知った。ほのぼのとした心和む事件であろう。

 

こういう実情を知っているので、住みたい街ナンバー1になった時、みんなで「市長は誰に抱かれたのか」論議になった。

 

確実に市長は抱かれていたと思う。事後、紫煙をくゆらせる相手に「約束…守ってくれるよね?」と問いかけ「ああ、わかってるさ」と適当に返されやきもきした思いを胸にシーツを抱き寄せたりしたのだろう。名誉棄損で訴えられそうだ。逆転裁判好きだからきっと勝訴できる。多分。

 

なんというか、バッチリ化粧をキメた姉を見た友人がお前の姉ちゃん綺麗だなとかほざいた時のリアクションだった。いやアイツマジでヤベーぞと訂正せざるを得ないあの感覚。

 

まだまだご紹介したい闇が沢山あるのだが市長と私のバトル(ラップバトルではない)のステージが簡易裁判所から地方裁判所までランクアップしそうなのでこれくらいにしておこう。

 

今はスラム街の隣の市で一人暮らしをしているのだが変な人が全く居なくて驚いた。近いとは言え、スラムタウンの住人ではなくなった私は今日もカントリーロードを大声で歌うのだ。